- はじめに ―この記事は、もしかしたら”過去のあなた”の物語かもしれません
- 第1章|ずっと、誰かに”敷かれたレール”の上を走ってきた人生
- 第2章|偏差値38。”将来”の「し」の字も考えていなかった大学生活
- 第3章|大学3年生、突然押し付けられた”人生の選択”
- 第4章|消去法で選んだ”公務員”という選択肢
- 第5章|独学の地獄。ストレスで帯状疱疹が出るほど追い詰められた日々
- 第6章|模試9点。涙が止まらなかった、あの夜
- 第7章|SNSで見つけた”師匠”。受講料、52万円という残酷な現実
- 第8章|たった3ヶ月で、世界がひっくり返った
- 第9章|最高だった”公務員ライフ”。でも、心の中にあった違和感
- 第10章|公務員を辞めて、起業を選んだ理由
- 第11章|今、公務員試験で悩んでいる”あなた”へ
- さいごに ―― あなたの一歩が、未来を動かす
はじめに ―この記事は、もしかしたら”過去のあなた”の物語かもしれません
はじめまして。 たくみと申します。


こちらは、僕の自己紹介記事となっています。
今、僕は 公務員試験対策のオンライン予備校を運営しながら、会社員としても働いています。
ありがたいことに、これまで累計 300名以上 の受験生のサポートをさせていただき、合格や内定の報告を、たくさんいただいてきました。
「たくみさんに出会えていなかったら、僕の人生、終わってました」
「諦めかけていたけど、本気で勉強できるようになりました」
「家族にも、自分にも、胸を張れる結果が残せました」
そう言ってくれる受講生さんからの言葉は、今の僕にとって、何ものにも代えられない財産です。
― でも。
最初の僕は、こんな風に語れるような人間ではありませんでした。
むしろ、自分の人生に対して、何ひとつ責任を持ってこなかった。 ただの “野球バカ” でした。
偏差値38の高校。 模試で2割という絶望。 「就職浪人になるかもしれない」という底冷えするような恐怖。
そして、当時の僕にはあまりにも重すぎた、52万円という決断。
今日は、そのすべてを包み隠さず、お話ししようと思います。
もし、これを読んでくださっているあなたが、
- 就職・転職活動をしているけど将来が見えない
- 公務員試験の合格?本当に自分にできるの?
- お金をかけて投資する勇気が出ない
- 努力しても結果が出ない
そんな風に立ち止まっているなら――。
この記事は、過去の僕に向けて、そして今のあなたに向けて書いています。
少しだけ、お時間をください。
第1章|ずっと、誰かに”敷かれたレール”の上を走ってきた人生
僕の人生は、小学校から大学まで、ずっと野球一色でした。
小学校では、地元の少年野球チームで毎日練習。 中学はクラブチームに入り、土日も休みなし。 高校は寮生活。
朝5時起き、就寝は24時。 グラウンドにいる時間より、布団にいる時間のほうが短いんじゃないか―そう思うほど、毎日泥にまみれていました。
…と、こう書くと、「自分の意志で人生を駆け抜けた熱血少年」みたいに聞こえるかもしれません。
でも、違うんです。
これらは全部、“自分で選んだ道”ではありませんでした。
小学校で野球を始めたのは、親の一言。
「野球やってみたら?」
その日から、バットを握りました。
中学校でクラブチームに入ったのも、知らないうちに親が入団申し込みを済ませていたから。
「え?俺、入ることになってるの?」
そんな感じで、流されて入ったんです。
そして高校の寮生活も。
本当は地元の公立高校でのんびり野球をしようと思っていました。
でも、父親に「寮に行け」と言われ、渋々、強豪校の寮に入ることを決断しました。
大学への進学だって、自分で決めたわけじゃありません。
高校の先生から「この大学向いてると思うよ」と勧められて2つ返事の「はい分かりました」。
ぜんぶ、人頼み。
誰かが敷いてくれたレールの上を、ただ思考停止で歩いてきた人生でした。
ラクと言えば、ラクだったんです。 だって、自分で考えなくていいから。
失敗しても「親に言われたからだし」「先生に勧められたから。」と言い訳ができる。
でも、そのツケは――。 数年後、信じられないほど重くのしかかってくることになります。
第2章|偏差値38。”将来”の「し」の字も考えていなかった大学生活
野球の才能は、正直なかったです。
レギュラーに定着できないまま、最後の大会も終了。
本来なら「これからの自分、どうしよう」と考えるべきタイミングだったはずですが――
当時の僕の脳ミソには、未来を考えるなんて1ミリも浮かばなかった。
なにせ、僕の出身高校は、野球で入った偏差値38の学校です。
英語の文法書を見ても、教科書を開いても、何が書いてあるのかさっぱり分からない。
“勉強”という名の概念から、ずっと逃げ続けてきた人間でした。
それでも、野球を辞めたわけなので、なんとか進学できそうな大学を必死に探し、ギリギリの学力で滑り込み。
入学したのは束の間、大学に入ってからの僕の生活は、こんな感じです。
- 夜は深夜2〜3時まで起きている
- 昼前に、だらだら起床
- 朝ごはんという文化はなし
- 昼はカップラーメンとコンビニ弁当
- バイトと授業の合間に、ゲームと動画(クラロワやってました。)
- 時々、サークルの飲み会
絵に描いたような、自堕落な大学生ですよね(笑)。
「将来、どうしたいか?」 そんな問いを自分に投げかけたことすら、なかったんです。
なんとなく、勉強はしている。
なんとなく、楽しい。
なんとなく、毎日が過ぎていく。
そして、その「なんとなく」が、ある日いきなり終わりを告げます。
第3章|大学3年生、突然押し付けられた”人生の選択”
大学3年生のある日。 周りの友達が、急にスーツを着始めたんです。
「なんでお前ら、大学にスーツで来てんの?」 僕は、本気で聞きました。
「は?就活に決まってるじゃん」 「説明会あるんだよ」 「自己分析やってる?」
―― え?
就活って、なに?
自己分析って、なに?
説明会?それ、どこで?
頭の中は、完全にパニック状態。
そこで初めて、気づいたんです。 “将来”というやつが、すぐ目の前まで迫っていたことに。
しかも、そいつはノックなしで部屋のドアを蹴破ってきて、こう言うんです。
「お前、どう生きるのか、今すぐ決めろ」
レールの上しか走ってこなかった僕に、突然 “自分で人生を決める権利” が突きつけられた瞬間でした。
それは、自由でも、希望でも、夢でもありません。
ただただ、恐怖でしかなかったんです。
その夜、ベッドの中で、初めて「将来」という二文字を真剣に考えました。
天井を見つめながら、心臓がバクバクして、なかなか寝付けなかったのを覚えています。
第4章|消去法で選んだ”公務員”という選択肢
「やりたいこともない」
「自信もない」
「民間企業の仕組みも、よく分からない」
そんな僕が選んだのは、いかにもありがちな選択でした。
―― 公務員。
特にやりたいこともないし、無難に安定している仕事でいいかな
正直、最初の動機はこんなものでした。
カッコいい使命感も、誰かを助けたいという熱い想いも、当時の僕にはなかったんです。
ただ、調べていくうちに、僕は愕然とします。
教養試験、専門試験、論文、面接……。
教養試験だけで5科目20単元以上。 専門試験を含めると、勉強しなければいけない単元は、軽く30〜40単元を超える。
「……これ、いけんのか?」
ろくに机に向かってこなかった人間が、いきなり大学受験を10校分くらい同時に受けるような勉強量に挑む――そんな感覚です。
しかも、タイミングは最悪。
ちょうど、コロナが流行しはじめ、
大学の授業はオンライン化
説明会は中止
就活市場は冷え込み
将来は不透明
「民間に挑戦するのも怖い」
「でも、公務員だって受かる気がしない」
ビビリで臆病だった僕は、それでも決めました。
―― “公務員一択”でいく。
あいにく、コロナの影響で授業はリモート。時間はあったんです。
人と会えない時間を、すべて勉強に投下しよう。
そう決めて、僕の独学生活が始まったんです。
第5章|独学の地獄。ストレスで帯状疱疹が出るほど追い詰められた日々
まずは、書店で問題集を買い込みました。
数的処理、判断推理、文章理解、専門科目――。
机の上が問題集で埋まったとき、ちょっとだけ”やってる感”が出ました。
しかし、開いた瞬間、絶句。
問題の意味が、分からない。
解説を読んでも、やっぱり分からない。
解説の解説が欲しいレベル。
「あれ、これ本当に日本語で書かれてる…?」
そんな気持ちで、毎日、問題集と睨めっこしてましたね。
一人ではなかなか勉強が進まなかったのでインターネットで調べてみることに。
ネットには、それっぽい情報が大量に転がっていて、
- 「公務員試験 勉強法」
- 「数的処理 コツ」
- 「面接 受かる答え方」
検索しまくって、メモしまくって、ノートを書きまくって。
気づけば僕は、勉強そのものより “勉強法を調べる時間” のほうが長くなっていました。
そして「独学」「受かるか不安」ーー
そのストレスは、確実に体を蝕んでいったんです。
ある朝、右背中あたりに、刺すような鋭い痛みを感じて目が覚めました。 鏡を見ると、赤い発疹がぶわっと広がっています。
―― 帯状疱疹。
病院の先生に言われたのは、たった一言でした。
「ストレスでしょうね」
20代前半、人生で一番”勉強した”はずの日々が、人生で一番”心と体を削った”日々でもあったんです。
それでも、止まれませんでした。
ここで辞めたらたら、本当に何も残らない。
辞めたら、就職浪人になる。
辞めたら、親に合わせる顔がなくなる。
その恐怖だけで、僕は机にしがみつき、参考書を広げていたんです。
第6章|模試9点。涙が止まらなかった、あの夜
勉強を開始して3ヶ月くらいでしょうか。
相変わらずネットで情報収集していると「模擬試験」というものがあるらしい。
ある程度、問題集の問題も解けるようになっていたので、初めての模試を受けることに…
「人生で一番勉強した」 そう胸を張って言える状態で、僕は会場に向かいました。
会場に入る瞬間、心臓はバクバク。
「これだけやったんだから、いけるはず」
そんな淡い期待を抱えて、問題用紙をめくりました。
―― 結果。
40点中、9点。 2割弱。 しかも、全問解き終えるのに、1時間オーバー。
帰り道、僕はリュックの紐を強く握りしめながら、ずっと地面ばかり見ていました。
電車の窓に映る自分の顔を、見ることができませんでした。
誰もいない部屋に帰って、服を着替える気力もなく、布団に潜り、気がついたら、涙が出ていました。
「これ、無理じゃないか」
「就職浪人かもしれない」
「親に何て言えばいいんだ」
「俺、本当に何やってるんだろう」
人生で一番、自分が情けなくなった夜だったのを今でも覚えています。
布団の中で、声を押し殺して、何時間も泣きました。 そして、天井を見上げながら、心の中で何度もつぶやきました。
このままじゃ、絶対に受からない 何かを、変えなきゃいけない
ひとりで足掻いていても、無理だ
――今考えるとあの夜が、僕の人生のターニングポイントだったんだろうなと思いますが、、、
当時は知るよしもありませんでした。
第7章|SNSで見つけた”師匠”。受講料、52万円という残酷な現実
そこから、僕は情報の探し方を変えました。
ネットに転がっている薄い情報じゃない。
本物を探そう。
そんな気持ちで、SNSを毎晩深く探っていました。
そのなかで、ひとりの発信者に目が止まりました。
個人で公務員試験対策を教えていた方。
のちに、僕の “師匠” となる人です。
発信内容を読み込めば読み込むほど、心が震えました。
「この人、ガチだ」
「この人なら、僕の人生を変えてくれるかもしれない」
すがるような気持ちで、震える指で連絡を取りました。
師匠は、丁寧に話を聞いてくれて、僕の状況を全部ヒアリングしてくれました。
そして、提示された金額。
―― 52万円。
その瞬間、息が止まりました。
地方で一人暮らしをしている、ただの大学生です。 バイト代と仕送りで、ようやく生活を回していた身。
52万円なんて、見たことも触ったこともない金額でした。
頭の中が、ぐるぐると回ります。
- 「これ、本当に払えるのか?」
- 「親に頼めるのか?」
- 「いや、絶対に頼めない」
- 「自分で払う?分割払いできるのかな」
- 「もし払って、それでも落ちたら」
夜中までずっと考えました。 天井を見つめながら、何度も何度もシミュレーション。
「ここで断ったら、どうなる?」
→ 就職浪人。 → 親への申し訳なさ。 → 劣等感。 → 崩れていくメンタル。
「ここで決断したら、どうなる?」
→ 大金を失うかもしれない。 → でも、もしかしたら、人生が変わるかもしれない。
ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、頭の中ではずっと”52万円”がぐるぐる回っていました。
そして、ようやく出した答え。
ーーお願いします。
震える指で、申し込みボタンを押しました。
人生で初めて、”自分の意志で、自分の人生に投資した瞬間“でした。
第8章|たった3ヶ月で、世界がひっくり返った
受講が始まってから、僕の世界は完全にひっくり返りました。
模試の結果は、毎回 7割超え。 あれだけ苦しんだ文章理解は、ほぼ 10割。 壊滅的だった数的処理も、7割を切らなくなりました。
そして、最終結果。
―― 受験した4つの自治体すべてに、5位以内で合格。
しかも、これ全部、受講開始から3ヶ月以内の出来事です(笑)。
「夢を見ているのかな」 合格通知を見たとき、本気でそう思いました。
何度も何度も、合格者一覧を見直して、自分の番号があることを確認しました。
何が変わったのか? 結論から言うと、たった一つです。
―― “正しい知識”を、正しい順番で学んだ。
たった、それだけ。
どの科目を、どの順番で、どこまで深く、どんな考え方で解くのか。
本物の合格ロードマップを、初めて手に入れたんです。

実は、これが恐ろしいほど、大事。
ネットに転がっている情報の99%は、正直、薄っぺらいです。
- 「これだけやれば受かる!」
- 「効率重視の最強勉強法!」
- 「最短ルート!」
そう書いてある記事の中身は、たいてい当たり前のことか、本質を外した小手先のテクニック。
僕も最初、それを信じて、貴重な時間をとろとろと溶かしていました。
だから、声を大にして言いたい。
―― 情報の質を、絶対に間違えないでください。
この一言を、過去の僕に伝えに行きたい。 それくらい、僕は遠回りをしました。
第9章|最高だった”公務員ライフ”。でも、心の中にあった違和感
晴れて公務員になった僕は、最高のライフスタイルを手に入れました。
- 有給はバンバン取れる
- 給与は安定して振り込まれる
- ボーナスもしっかり出る
- 人間関係もホワイト
- 月に1回は旅行に行ける
「あの時、勇気を振り絞って投資して、本当によかった」 心の底からそう思いました。
公務員になった僕は、両親を旅行に連れて行くこともできました。


学生時代に迷惑をかけた分を、少しでも返したかったんです。
父も母も、心から喜んでくれた顔を、今でもよく覚えています。 ホテルの夕食の席で、
「ちゃんと一人前になったんだね」
母が小さくつぶやいた時――。
あの時の感情は、今でも言葉になりません。
―― でも。
心のどこかに、ずっと引っかかっていることがありました。
それは、僕がかつて死ぬほど悩んだ「公務員試験対策」について、
今、同じように苦しんでいる人がたくさんいるという事実です。
SNSで少しずつ情報発信を始めると、想像をはるかに超える数の相談が届きました。
・ネットの情報を信じて勉強したけど、模試で結果が出ません
・家族に申し訳なくて、夜眠れません
・勉強しているのに点数が伸びず、メンタルが壊れそうです
・正しい勉強法が分からなくて、毎日不安です
DMの一通、一通が、過去の自分そのものでした。
画面越しに、あの夜の僕が泣いている気がしました。
第10章|公務員を辞めて、起業を選んだ理由
僕がもし、52万円の決断をしていなかったら――。
就職浪人になって、親に迷惑をかけて、メンタルはボロボロ。 自信もなくなって、旅行も行けず、親孝行もできなかったでしょう。
人生は、本当に、紙一重で変わります。 あの日の決断ひとつが、僕の人生を180度ひっくり返してくれた。
なら、今度は僕の番だ。
そう思いました。
自分の経験を、知識を、すべて惜しまず、本気で公務員になりたい人に届けたい。
ネットの薄い情報に振り回されている人を、ひとりでも減らしたい。
あの夜、布団の中で泣いていた過去の自分のような人を、今度は僕が引っ張り上げたい。
その想いが日に日に強くなり、僕は意を決して、公務員を辞めました。
そして、公務員試験対策のオンライン予備校を立ち上げたんです。
正直、安定を捨てる怖さは、ありました。
「せっかく手に入れた人生を、また自分から手放すのか?」 そう何度も自問しました。
でも、最後に背中を押したのは、過去の自分との約束でした。
―― 同じ思いをする人を、これ以上、見過ごしたくない。
それだけは、譲れませんでした。
第11章|今、公務員試験で悩んでいる”あなた”へ
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
もしあなたが、
- 将来が見えず路等に迷っている
- 自分には無理かもしれない
- 投資する勇気が出ない
- ネットの情報を信じていいか分からない
- メンタルが折れそう
―― そう思っているなら。
僕は、あなたのことを、絶対に否定しません。 だって、それは過去の僕、そのものだから。
僕は52万円を投資して、人生を変えました。 それは、当時の僕にとっては、間違いなく大金でした。
でも、公務員になってからの安定収入で、その投資はすぐに回収できました。
そして、何より――。
「自分の人生を、自分の選択で変えた」 という経験こそが、一番の財産になったんです。
自分の足で立って、自分の頭で考え、自分の覚悟で決める。
それまで誰かのレールの上しか歩けなかった僕が、初めて “自分の人生のハンドル” を握った瞬間でした。
僕のオンライン予備校には、僕が学び、実践し、結果を出してきたものを、すべて詰め込んでいます。
小手先のテクニックではない、本物の「正しい知識」を。
もし、本気で公務員を目指したいなら。 もし、本気で、現状を変えたいなら。
ぜひ、公式LINEから声をかけてください。
あなたが過去の僕と同じように、孤独に悩んでいるなら、僕は 全力でサポートします。
ひとりで足掻く必要は、もうありません。
さいごに ―― あなたの一歩が、未来を動かす
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
これからもこのブログで、有益な情報をたくさん発信していきますので、ぜひ読んでください。
そして、もしこの記事のどこかが、あなたの心に少しでも触れたなら。
今日この瞬間が、あなたにとっての”小さな転機”になれたなら。
それが、僕にとっての一番の喜びです。
あなたの人生が、今日から少しずつでも、確実に変わっていくことを、心から願っています。
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